自費出版の歴史

自費出版は決して現代に特有の活動ではありません。その歴史は古く、出版の歴史そのものだと言えます。グーテンベルグが生み出した「四十二行聖書」も豪邸8軒に相当する借金があったからこそ日の目を見たのであり、軽んじられるべきものでもないのです。日本でも松尾芭蕉の「貝おほひ」、井原西鶴の「好色一代男」等に代表されるように、随分昔から偉人が自費出版しています。井原の本などは好評を博して以降に書肆が介するようになりましたが、同時代に現代の商業出版に通じる形態が見られることはありませんでした。明治以降も同様で、徳富蘆花の「黒潮」、島崎藤村の「破戒」、「春」、宮沢賢治の「春と修羅」、「注文の多い料理店」等は、いずれも自費出版で世に出たものです。その他、把握できているものに限っても自費出版の有名作品は多数ありますし、奥付のみから費用負担の内訳など全てが分かるはずもなく、実際は有名作品の中に無数の自費出版本が存在していると考えられるのです。

自費出版の歴史を繙くと、面白い例も存在します。かの夏目漱石の「こころ」は、実は自費出版によるものでした。「こころ」は朝日新聞の連載作品で、漱石はベストセラー作家でした。通常は自費出版するなどあり得ないことです。ところが当時、一人の古書店主が読書後の感動のままに漱石に出版を依頼し、店主が提案した「漱石自身が費用を負担する」という条件を漱石が呑んだ上で承諾したのです。装丁、広告、キャッチコピーまで漱石が仕上げたと言われていますから、今では考えられない出来事でした。また現代作家の山田悠介さんも自費出版からキャリアをスタートさせたそうです。たまたまその作品を目にした出版社からデビューしたことが契機となり、有名作家に上り詰めました。